私が食べたかったのは、母の春巻きだけではなかった
母の春巻きは、いつも山盛りだった。
私の主人は母の作る春巻きが大好きだったので、私たちがお盆に実家へ行くと、手作りの春巻きを用意して待っていてくれた。
家族が集まる日というのは、どうして母親はあんなにたくさん作ってしまうのだろう。
「こんなに食べられないよ」
そう言いながらも、主人はうれしそうに食べる。母も、それをうれしそうに見ていた。
当時の私は、それを特別なことだとは思っていなかった。
母が料理を作り、私たちが食べる。
ただ、それだけ。
でも今になって思う。
母は春巻きで、「おかえり」と言っていたのかもしれない。
わが家には、お盆に帰省する習慣がなかった
娘たちが小さかった頃、私たち家族はアメリカで暮らしていた。
子どもが生まれてから長女が10歳になるまで、お盆に実家へ帰るということを、ほとんどしていない。
日本にいなかったのだから当然なのだけれど、今振り返ると、私には「小さな娘たちを連れてお盆に里帰りする」という時期が、すっぽり抜けている。
夏になれば母のところへ帰り、子どもたちを預けて、娘だった自分に戻る。
そんな帰省とは、あまり縁がなかった。
その後、日本へ帰国して、ようやくお盆に実家へ行くようになった。
けれど、その頃には父の認知症が進んでいた。
実家へ行っても、のんびり羽を伸ばすという感じではなかった。
父の様子を気にし、母の様子も気にする。何か起きないかと、どこかで気を張っている。
実家なのに、ゆっくりできないし、くつろげない。
あの頃の母も、父の介護で大変だったと思う。
だから私たちを迎えるお盆も、母にとっては決して楽なものではなかったはずだ。
父が亡くなってから始まった、わが家のお盆
考えてみれば、私たち家族が実家でゆっくりお盆を過ごすようになったのは、父が亡くなってからだった。
母は、海外で育った娘たちのために、迎え火をしてくれた。
小さな火を焚いて、ご先祖さまを家に迎える。
アメリカで育った娘たちにとって、それは珍しい日本の風景だったと思う。
母はきっと、孫たちに日本のお盆を見せたかったのだろう。
春巻きを作って家族を迎え、迎え火を焚いてご先祖さまを迎える。
あの頃の私は、それを毎年のお盆の光景として見ていた。
母が元気なうちは、これからも続いていくような気がしていた。
でも、家族の「いつもの風景」は、ある日突然なくなるわけではない。
少しずつ形を変えながら、気がついたときには、もう戻れないものになっている。
母はいる。でも、もう実家にはいない
今、母は施設で暮らしている。
母が亡くなったわけではないし、会おうと思えば会える。
けれど、お盆に実家へ帰っても、そこに母はいない。
主人のために春巻きを作ってくれたり、娘たちのために迎え火を用意してくれる母はいないのだ。
実家という建物がなくなったわけではないのに、私は帰る場所を失ったような気がしている。
「親が生きているのだから、まだいいじゃない」
そう思う人もいるかもしれない。
もちろん、母が生きていてくれることはありがたい。
それでも、寂しいものは寂しい。
親が生きていても、失われるものはある。
私と母の関係は、決して悪かったわけではない。
それでも意見が合わないことは当然あったし、母に対して、いつも優しい気持ちでいられたわけでもない。
親子だからといって、いつも同じ気持ちでいられるわけではないから。
近かったり、少し距離を置きたくなったり。
そんな時間も含めて、母との関係だったのだと思う。
だから今、春巻きのことを思い出すのかもしれない。
あれも愛情だったのだと思う
家族の愛情は、いつも言葉で渡されるとは限らない。
食べきれないほどの料理だったり、帰り際に持たされるお土産だったり、毎年繰り返される少し面倒な行事でさえ、愛情の表れなのだと今は思える。
受け取っているときには、
「こんなにいらないのに」
「そこまでしなくてもいいのに」
と思ってしまう。
けれど、あとになって、それがその人なりの愛情だったと気づくことがある。
春巻きのレシピは、母から聞いている。
同じ材料を使って、同じように作ることもできるのに
不思議と母の春巻きと同じ味にはならない。
私が食べたかったのは、春巻きだけではなかったから。
台所に立つ母。
揚げたての春巻きを囲む家族。
それをおいしそうに食べる主人。
迎え火の向こうに見える、娘たちの顔。
私は、あの”時間を”美味しく食べていたのだと思う。
今年のお盆、私が帰りたいのは、実家ではないのかもしれない。
母の春巻きが並び、迎え火の向こうに娘たちがいた、あの夏の夕方。
戻れないとわかっているからこそ、今も心のどこかに残っている。
それでもあの春巻きを思い出すたび、私は今も、母から「おかえり」と言って欲しいのだ。
今日もいい日だ〜🌈
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読んでいて、うちの母を思い出しました。帰省するといつも文句を言いながらも、美味しいご飯をたくさん作ってお土産まで持たせてくれます。今年は母の体調のこともあり、初めてお盆に帰省しない夏になりました。だからこそ、この文章がとても心に響きました。
お母さまの手料理に込められた、深い愛情。それはレシピだけではなく、「娘を大切に思う気持ち」そのもの。
「娘にかえる時間」を持てることも、とても大切なことだなと。母である前に、ひとりの娘として受け取る愛情がある。
お母さまから受け取ったものは、きっと形を変えながらお嬢さんたちの心にも残っていくのだと思います。愛情って、こうして世代を越えて静かにつながっていくものなのかもしれませんね。