子どもの夏休みは、ママの採点期間じゃない
子育てを終えた今、あの頃の私に伝えたいこと
夏休みが始まると、子どもより先に、私が「夏休みの宿題」を背負っていました。
朝ごはんが終わったと思ったら、もうお昼ごはん。
宿題は進んでいるのか。
一日中ダラダラさせていていいのか。
ゲームやテレビばかりになっていないか。
せっかくの夏休みなのだから、どこかへ連れていったほうがいいんじゃないか。
そして、子どもからあの一言。
「今日、何するの?」
「どこか行きたい」
「つまらない」
そう言われるたびに、私は何か答えを用意しなければいけない気がしていました。
子どもの一日を楽しくすることも、充実させることも、思い出をつくることも、全部ママの仕事。
あの頃の私は、たぶん本気でそう思っていたのです。
私の子育てのうち、10年間はアメリカで過ごしました。
アメリカ人の夏休みは、本当に豪快でした。
家族で何週間も旅行に出かけたり、「パパもずっと夏休みなの?」と思うほど、お父さんも一緒に子どもと過ごしている家庭がありました。
ある年、娘が言いました。
「お友達はね、夏休みに3週間のヨーロッパ旅行に行くんだって。うちはどこ行くの?」
そのとき私は、少し言葉に詰まりました。
我が家のパパは、日本企業のいわゆる「企業戦士」。
家族旅行には行くけれど、夏休みは最大でも1週間ほどです。
でも娘に、
「パパのお休みは1週間しかないからね」
とは、なぜか言えませんでした。
言ったら、娘をがっかりさせるような気がしたのです。
そして心の中では、
「じゃあ私は、この長い夏休みをどうやって過ごせばいいんだろう」
と考えていました。
今思えば、あのとき私は、子どもの夏休みまで自分の成績表にしていたのかもしれません。
子どもが退屈していると、なぜかママが焦る
子どもがソファでゴロゴロしている。
「暇だなあ」と言っている。
それを見ていると、なぜかこちらまで落ち着かなくなります。
何かさせたほうがいいんじゃないか。
せっかくの夏休みを無駄にしているんじゃないか。
もっといろいろ経験させてあげたほうがいいんじゃないか。
でも、子育てを終えた今の私なら、あの頃の自分にこう言います。
子どもの退屈まで、あなたが背負わなくていいよ。
退屈は、悪いことではないのです。
退屈したから、自分で遊びを考える。
普段は手に取らない本を開いてみる。
きょうだいで何かを始める。
そして、何も思いつかず、本当に一日ゴロゴロして終わる。
そんな日があったっていいのです。
大人だって、毎日を有意義になんて過ごせません。
それなのに、子どもの夏休みだけは、どうして毎日キラキラした思い出で埋めなければならないのでしょう。
「つまらない」は、ママへの苦情ではない
子どもに「つまらない」と言われると、自分が責められているような気持ちになることがあります。
私のせい?
どこかへ連れていかなかったから?
ちゃんと相手をしてあげていないから?
でも、「つまらない」は、ただそのときの気分です。
ママの子育てに対する採点ではありません。
「つまらないなら、自分で何か考えてみたら?」
そう言ってもいい。
何かを提案して、それでも「嫌だ」と言うなら、
「じゃあ、今日はつまらないままでどうぞ」
と放っておいたっていい。
子どもには、退屈する自由もあります。
ママがその退屈を全部解決しなくてもいいのです。
もちろん、子どもの年齢によっては、目を離せなかったり、手をかけなければならなかったりするでしょう。
簡単には休めない事情もあります。
だから私は、今頑張っているお母さんたちに「もっと余裕を持って」と言いたいわけではありません。
余裕なんて持てないほど大変な日があることを、私も通ってきたからです。
これは、立派な子育て論ではありません。
ただ、あの頃の私が誰かに言ってほしかったことを、今の私が言葉にしているだけです。
夏休みを「ちゃんと」やらなくても、子どもは育つ
お昼ごはんが簡単な日があってもいい。
昨日と同じメニューだっていい。
どこにも出かけない日があってもいい。
宿題が予定どおり進まない日もある。
子どもが不機嫌な日もあれば、ママが不機嫌な日もある。
家族全員が毎日笑顔で、予定どおりに過ごす。
そんな夏休みは、たぶんどこの家にもありません。
それでも私たちは、よその家の楽しそうな写真を見て、
「うちは何もしてあげられていない」
と落ち込んだりします。
私も、アメリカで暮らしていた頃、周りの家族を見てそう思うことがありました。
何週間も旅行に出かける家族。
お父さんも一緒に、毎日のように子どもと過ごしている家族。
それに比べて、うちは…
そんなふうに、知らないうちに比べていたのだと思います。
でも、どこの家にも、その家にしかわからない事情があります。
楽しそうに見える一枚の写真の後ろには、見えていない日常があります。
その前にきょうだい喧嘩をしていたかもしれない。
出かける直前まで、ママが怒っていたかもしれない。
だから、よその家の一瞬と、自分の家の一日全部を比べなくていいのです。
「家族丸ごと」の中には、ママも入っています
私は「家族の運はママから」と伝えています。
でも、それは、
「ママがいつも機嫌よくいなければ、家族の運が悪くなる」
という意味ではありません。
そんなふうに受け取ったら、ママの荷物がまたひとつ増えてしまいます。
私が伝えたいのは、その逆です。
家族のためにママだけが我慢したり、
ママだけが疲れ切ったり、
ママだけが家族の幸せから外れたりしなくていい。
家族丸ごと幸せになる。
その「家族」の中には、ママも入っています。
子どもを楽しませるために、自分がボロボロになる必要はありません。
子どものために何かしてあげることは、もちろん素敵なことです。
でも、してあげられない日があっても、愛情が減るわけではありません。
今日のお昼が手抜きでも。
どこにも連れていけなくても。
子どもが「つまらない」とふくれていても。
それで子育てを間違えたことにはならないのです。
子育てが終わった今なら、そう思えます。
もし、あの頃の私に会えるなら、もっと頑張れとは言いません。
「ちゃんとした夏休みをつくらなくていいよ」
そう言って、冷たいお茶でも出してあげたい。
余裕のあるママにならなくてもいい。
ただ、余裕のない自分を責めることだけは、少し減らしてほしい。
子どもの夏休みは、ママの採点期間ではないのだから。
今日もいい日だ〜🌈
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今まさに、夏休み中のワンオペで、毎日どこに連れて行こう、何か刺激を与えなきゃと考えるのがストレスでしたので、気が楽になりました🥹
うちも子どもの「暇!」という声と、晴れた休日はそわそわしちゃいます。
特に妻は「どこかへ連れて行かなくちゃ」と感じることが多いようです。
でも、休日は特別なイベントを用意しなくても、ちょっとした工夫で楽しめますよね。
絵でしりとりしたり、家族でジェスチャーゲームをしたり。
「何かしてあげなきゃ」ではなく、一緒に楽しむくらいでいいのかもしれませんね。