ママに、壮大すぎる夢は似合わないのだろうか。
家族がいて、毎日の暮らしがあって。
そんな自分が、社会を少し変えるような夢を語るなんて、大げさだと思うかもしれない。
私も、少し前までならそう思っていた。
「そんなこと、私にできるわけがない」
夢を口にする前に、自分で消していたと思う。
でも今の私は、引退犬のサンクチュアリをつくりたいと思っている。
自分でも、ずいぶん大きな夢を持ったなと思う(笑)。
どうして私が、こんな夢を持つようになったのか。
その始まりをたどっていくと、やっぱり私がこれまで伝えてきた、
「家族の運はママから」
という言葉に戻ってくる。
ただしこれは、家族がうまくいくかどうかは、すべてママの責任だという意味ではない。
むしろ反対だ。
ママだからといって、自分を後回しにしなくていい。
家族のために我慢し続けなくていい。
誰かを満たす前に、まず自分を満たしていい。
以前の私は、家族を支えることと、自分を後回しにすることの区別がついていなかった。
夫のこと。
娘たちのこと。
家のこと。
家族が幸せなら、私も幸せ。
そう思っていたし、それは嘘ではなかった。
でも、家族の幸せの中から、自分自身が抜け落ちていた時期もあった。
だから私は、自分を満たすことを覚えた。
やりたいことを始め、自分の思いを言葉にし、人に会い、神社を巡り、仕事をつくってきた。
すると、不思議なことに、変わったのは私一人ではなかった。
家の空気が変わった。
夫婦の関係が変わり、娘たちとの距離も変わっていった。
家族も、それぞれの場所で自分の人生を生き始めた。
私が家族を引っ張ったわけではない。
私が自分の場所へ戻ったことで、家族もそれぞれ、自分の場所へ戻っていったのだと思う。
「私が満たされると、家族が整う」
それが、私の伝えてきた「家族の運はママから」という言葉の、本当の意味だった。
でも最近、もう一つ気づいたことがある。
ママが満たされる。すると、家族が変わる。
では、家族が満たされたその先は、どうなるのだろう。
そこで生まれた豊かさは、家族の中だけで終わるのだろうか。
私は、そうではないと思っている。
自分が満たされて、家族もそれぞれ自分の人生を歩き始めると、少しずつ自分の中に余白が生まれる。
その余白が、今度は家族の外へ向かい始める。
隣にいる誰かへ。
地域へ。
社会へ。
そして、人間以外の命へ。
自分を満たすことの先にあったのは、もっと自分だけを幸せにすることではなかった。
自分の中に生まれた豊かさを、外へ渡していくことだった。
私の場合、その先に見えてきたのが、犬たちだった。
世の中には、人間のために働いている犬たちがたくさんいる。
盲導犬、介助犬、警察犬、今回の熊本地震の後の爆発現場でも、犬たちが活躍する姿をニュースで見た。
ほかにも、私たちの暮らしや安全を支えるために役割を担っている犬たちがいる。
私はここでは、そうして人間のために働き、役目を終えた犬たちを「引退犬」と呼んでいる。
その犬たちが、役目を終えたあとも安心して生きていけるようにしたい。
もう誰かを導かなくていい。
守らなくていい。
誰かのために働かなくていい。
ただ犬として、眠り、遊び、甘えながら生きていける。
そんな未来をつくりたいと思っている。
その一つの形として、私は今、日本に引退犬のサンクチュアリをつくりたい。
でも、本当にやりたいことは、一つの施設をつくって終わることではない。
暮らせる場所をつくること。
必要な支援につなぐこと。
引退したあとの犬たちを支える人や仕組みを増やしていくこと。
人間のために働いてきた犬たちが、役目を終えたあとも大切にされる。
そんな流れをつくっていきたい。
土地は、まだない。
十分な資金もない。
施設運営の経験もない。
あるのは、今のところ夢だけ。
我ながら、本当に壮大な夢を持ってしまったと思う(笑)。
でも今は、「壮大だから無理」とは思わない。
全部を一人でやるわけではないし、今すぐ完成させなくてもいい。
まず夢を持つこと。
口にすること。
できることから始めること。
それなら、今の私にもできる。
そして何より、これは最近突然思いついた社会貢献ではない。
振り返ってみれば、ずっと昔から私の中に流れていたものだった。
返事の来なかった感想文
小学生の頃、私は『ロバータさぁ歩きましょう』という盲導犬の本を読んだ。
その本にとても感動した私は、読んで終わりにすることができなかった。
こんなにも素晴らしい犬がいることを知った。
その驚きと感動を、とにかく誰かに伝えたかった。
それで私は、一生懸命に感想を書き、出版社へ送った。
返事は来なかった。
もちろん、返事が欲しくて書いたわけではない。
ただ、心を動かされたその思いを、誰かに届けたかったのだと思う。
今になって思う。
出版社から返事は来なかったけれど、あの本を読んだときに私の中に生まれたものは、なくならなかった。
誰かのために働く犬がいること。
人と犬とのあいだに、こんなにも深い関係があること。
一頭の犬の人生に、心を動かされたこと。
その記憶は、何十年ものあいだ、私の中で静かに生き続けていた。
あのとき感想文を書いた小学生の私は、自分の中に生まれた感動を、誰かに届けたかった。
そして今の私も、同じなのかもしれない。
自分が受け取ってきたものを、自分の中だけで終わらせたくない。
「家族の運はママから」
私はずっと、自分を満たすことは、家族を幸せにすることにつながると伝えてきた。
でも、その先もあった。
自分が満たされる。
家族が満たされる。
そして、そこで生まれた豊かさを、今度は家族の外へ渡していく。
私にとって、その先にあったのが、引退犬たちだった。
ママだから、大きな夢を持てないわけじゃない。
むしろ、自分を満たし、自分の人生を生き始めたからこそ、初めて見える夢もあるのだと思う。
私の夢も、まだ始まったばかり。
ここから、少しずつ形にしていきたい。
今日もいい日だ〜🌈


「自分を満たした先に、その豊かさを外へ渡していく」という流れがとても素敵だなと思いました☺️
家族のために生きることと、自分の夢を持つことは両立できるんですね。
引退犬たちのサンクチュアリという夢も、これまでの人生が全部つながって生まれた夢なんだなと感じました✨
緑さん、こちらにも失礼します🙇
かつて家族や仕事の為に自分のことを後回しにしてきた緑さんが、「自分が整えば、家族にも…」と考えを変えた辺りに時代の変遷を感じました👍
ところで、盲導犬や警察犬などを引退した後のわんちゃん達が「サンクチュアリ」に行くように、
私のようなスターシードも使命も天寿も完遂させて「遊☆戯☆王」に出てきたような「冥界の扉」をくぐれば、本来の母星の人間に生まれ変わって各自各々の母星に帰るのか…🚪
と、無用な妄想までもしてしまいましたとさ!🤣