8年以上書いてきた私が、いまSubstackで伝えたいこと
不幸ではないのに満たされない女性へ、私が言葉を届ける理由
毎日、小さな開運を呟いている開運おばさん、金田緑です。
最近は、小さな開運メッセージを漫画っぽく作り始めたら、すっかりやめられなくなってしまいました笑。
そんな私ですが、ブログを書き始めてから、もう8年以上になります。
最近、Substackに登録してくださる方が少しずつ増えてきました。初めましての方も多くなってきたので、今日は改めて自己紹介を書いてみようと思います。
金田緑って何者?
「家族丸ごと開運ママ」って、何をしている人?
なんか偉そうに語っているけれど、結局、何のおばさんなん?
そう思っている方は、どうぞ読んでみてください。
気づけば、1800記事以上書いていました
アメブロで書き始めたのは、8年ほど前です。
最初はポチポチだったのですが、気がつけば2026年3月までに書いた記事は、1800件を超えていました。
こうして数字にすると、ずいぶんたくさん書いたように見えます。
でも正直なところ、「1800件も書いた」という感覚はあまりありません。
毎日書こうと歯を食いしばってきたわけでも、継続日数を数えて、自分を奮い立たせてきたわけでもないからです。
コロナ禍の頃には、1日に5本投稿していたこともありました。今思えば、書くことで、自分の存在意義を感じていたのかもしれません。
私にとって、ブログはお城でした。
他のSNSのように、投稿が勝手に流れていく場所ではありません。わざわざ遊びに来てもらって、読んでもらう場所です。
そのうち、気に入ってくださった人が、毎日のように「ピンポーン」と、いいねを押しに来てくれる。
それが、ほかのSNSとは違って、私は好きでした。
家族のこと。子育てのこと。夫婦のこと。神社へ行って感じたこと。自分の中に起きた、小さな変化。
そのときの私が、誰かに伝えたいと思ったことを、一つずつ書いてきました。
うまく書けた日もあれば、今読み返すと、少し恥ずかしくなる文章もあります。考え方が変わったこともあるし、今なら違う言葉で書くだろうな、と思う記事もある。
それでも、そのときの私にしか書けなかった言葉でした。
書きたいことがあったから書いた。
伝えたい相手がいたから書いた。
それを繰り返しているうちに、記事が1800件を超えていた。
書くことは、いつの間にか特別な挑戦ではなく、私の暮らしの一部になっていたんだと思います。
だから、Substackを始めてまだ2か月ほどですが、あまり「初めての場所」という感じがしません。
長く暮らしたお城から、新しい家に引っ越して、もう一度言葉を届け始めた。
今は、そんな気持ちです。
長い間、家族のために生きてきました
私は長い間、家族のために生きてきました。
結婚し、二人の娘を育て、夫の仕事を支え、アメリカで駐在妻として10年間暮らしました。
家族が元気でいること。娘たちが無事に育つこと。家の中が穏やかであること。
それが私にとって、何より大切でした。
次女は、アメリカで出産しています。
無痛分娩の麻酔の影響で、私は一時、意識不明になりました。
意識がない間、私は三途の川のような場所の前に立っていました。
「これ、渡ったらやばいやつだ」
そう思っていると、どこかから名前を呼ばれ、宇宙戦艦ヤマトのワープのように、突然、分娩台の上に戻りました。
そして、そのまま次女を出産しました。
古い例えですみません(笑)。
嘘みたいな、本当の話です。
アメリカでの10年間は、出産で生死の境をさまよったり、9.11を経験したりと、今振り返るとなかなかのハードモードでした。
子育て中は余裕がなく、感情的になってしまったこともあります。とてもブログには書けないこともありました。
犯罪の手前です。
もちろん、家族を大切にしてきたことを後悔しているわけではありません。私の人生にとって、かけがえのない時間でした。
けれど、子育てがひと段落した頃、私は急にわからなくなったんです。
私は、これから何をしたいんだろう。
母でも妻でもない私は、いったい何者なんだろう。
こう書くと、かなり痛い自分探し発言に聞こえますよね。
でも、本気で悩んでいました。
不幸ではないんです。
夫もいる。娘たちも元気。暮らしにも大きな問題はない。
それなのに、なぜか満たされない。
ぜいたくな悩みだと、自分でも思いました。
それでも、ふと立ち止まると、自分がどこにもいない。心の中に、ぽっかり穴が空いているような感覚がありました。
不幸ではない。
でも、満たされてもいない。
そんな女性に、私は言葉を届けたいと思うようになりました。
自分を満たすことは、わがままではなかった
以前の私は、自分より家族を優先することが、よい妻、よい母だと思っていました。
自分のために時間やお金を使うことには、いつも少し罪悪感がありました。気づけば、自分が何を好きなのか、何をしたいのかさえ、わからなくなっていました。
自分を後回しにし続けると、心の余裕は少しずつ減っていきます。
「私は、こんなにやっているのに」
そんな言葉が増えていく。
自分では我慢しているつもりでも、いつの間にか、その不満を家族に背負わせてしまう。
それでも、「家族のためだから、私は間違っていない」と、どこかで思っていました。
今思うと、自分で自分の地雷を埋めていたようなものです。
けれど、自分を犠牲にすることと、家族を愛することは、同じではありません。
私は時間をかけて、自分を満たす方法を少しずつ見つけていきました。
一人で出かける。会いたい人に会う。自分のためにお金を使う。行きたい神社へ行く。
そうやって、自分が満たされていくと、不思議なことに、家の中の空気まで軽くなっていきました。
私が家族を引っ張ったわけではありません。
私が私の人生を生き始めたことで、家族もそれぞれの人生を生きやすくなった。
今は、そう思っています。
だから私は、伝え続けています。
家族の運は、ママから始まる。
ママが自分を満たすことは、決してわがままではない、と。
なぜ「家族丸ごと開運ママ」なのか
なぜ私が「家族丸ごと開運ママ」と名乗っているのか。
実は、ある朝突然、神様からこの名前を授かったわけではありません笑。
もともと私は、神社巡りや神様のことが好きで、自分なりにいろいろと学んでいました。
そして、学んだことや、実際に神社へ行って感じたことをお話しする、お茶会やランチ会を開くようになりました。
最初はただ、私の好きなことを、みんなで楽しく話す会でした。
ところが、参加してくださった方たちから、少しずつ不思議な報告をいただくようになったんです。
「緑さんのお茶会に参加したあと、仕事の流れが変わった」
「会で出会った人とつながって、それがビジネスになった」
「緑さんに教えてもらった神社へ行ったら、そのあと金運が上がった」
「ランチ会に参加したあと、夫の昇格が決まった」
そんな声が重なり、いつの間にか、
「緑さんの会に行くと、そのあと運気が爆上がりする」
と言っていただくようになりました。
もちろん、私が昇格の辞令を書いたわけでも、お金を振り込んだわけでもありません。
お茶会に来たから必ず昇格する、神社に行けば必ずお金が入る、そんな単純な話でもないんです。
ただ、気持ちが整い、人とつながり、行動が変わることで、その変化が本人だけでなく、仕事や夫婦、家族にまで広がっていくことがありました。
自分一人だけが開運するのではない。
一人の女性が整い、動き始めると、家族にも変化が起きる。
だから、「家族丸ごと開運ママ」。
この名前は、皆さんからいただいた声と、実際に起きた変化の中から生まれました。
今、私がしていること
今は「家族丸ごと開運ママ」として、家族を優先するあまり自分を見失ってきた女性が、もう一度「私はどう生きたい?」を取り戻すための活動をしています。
数陽学や瞑想、神社参拝、日々の在り方を組み合わせた「ラストピースメソッド」という方法も、その一つです。
女性の中に足りない、最後の一片、ラストピースを見つける。
そんな思いを込めて名付けました。
とはいえ、自分で「家族丸ごと開運ママ」と名乗るのは、いまだに少し照れくさいんですけどね。
「開運」と聞くと、特別な日に、特別なことをするイメージがあるかもしれません。
けれど、私が考える開運は、もっと日常的なものです。
自分の気持ちに気づく。
いらないものを手放す。
家の中を少し整える。(少しね)
大切な人に、やさしい言葉をかける。
自分のために、心地よい時間をつくる。
そして、自分を粗末に扱わない。
運は、どこか遠くから突然やってくるものではありません。
毎日の小さな選択の中で、育っていくものだと思っています。
2026年6月には、サンクチュアリ出版で初めてのトークイベントを開催しました。
90分間、自分の人生を振り返りながら、誰かのために生きてきた私が、どうやって自分を取り戻していったのかをお話ししました。
人前で自分の人生を語ることは、私にとって大きな挑戦でした。たぶん、人生で一番緊張しました。
3か月かけて人生を振り返り、言葉にして、何度も書き直しました。
そしてイベントが終わったあと、思ったんです。
私は、まだ伝えたいことがある。
これまで書いてきた1800件の先に、今の私がいます。
けれど、ここが完成ではありません。
私は今も、自分の人生をつくっている途中です。
私がSubstackで伝えたいこと
このSubstackでは、開運日や神社のことだけではなく、お金、家族、夫婦、子育てが終わったあとの人生についても書いていきます。
女性が、自分のために時間やお金を使うこと。
家族を大切にしながら、自分の人生も諦めないこと。
「不幸ではないのに、なぜか満たされない」の正体。
50代、60代になってからでも、新しい人生を始められること。
開運の話もします。
スピリチュアルな話もします。
けれど、ただ願っていれば何かが変わる、という話を書きたいわけではありません。
自分の心と向き合うこと。
現実の中で、一歩動くこと。
自分の人生を、自分で選び直すこと。
そんな、地に足のついた開運を伝えていきたいと思っています。
「主人は」
「子どもは」
ではなく、
「私は」
を主語にした発信をしていきたい。
家族を大切にする気持ちは、そのままでいい。
そこに、自分の言葉と、自分の人生を取り戻したいんです。
そして、ときどきは、きれいごとでは済ませたくないことも書きます。
女のお金の使い方。
母親の我慢。
「家族のため」という言葉の裏に隠れているもの。
誰かに嫌われないように、小さく生きること。
少し毒も混ぜながら、私が本当に思っていることを書いていきます。
「こうすれば、絶対に幸せになれます」
そんなことを言うつもりはありません。
私の答えを、誰かに押しつけるつもりもありません。
ただ、私の言葉を読んだ人が、
「私は、本当はどうしたいんだろう」
と、自分に問いかけるきっかけになったら、うれしい。
答えは、いつもその人の中にある。
私は、そう信じています。
書くことの先にある夢
これから叶えたい夢があります。
一つは、自分の経験と言葉を、一冊の本にすることです。
家族のために生きてきた女性が、自分の人生をもう一度始めるための本を出したい。
今、まさにその準備を進めています。
私は、ずいぶん遠回りをしてきました。
自分のことがわからなくなり、答えを外に探し、たくさん学び、迷いながら、少しずつ自分を取り戻してきました。
その遠回りが、無駄だったとは思いません。
けれど、これから同じ道を歩く人には、もう少し短い道を渡してあげられるかもしれない。
そんな本を書きたいと思っています。
もう一つ、もっと大きな夢があります。
盲導犬や介助犬など、人のために働いてきた犬たちが、仕事を終えたあと、安心して暮らせる場所をつくることです。
めっちゃ壮大でしょ。
自分でも、口に出して驚いたくらいです。
日本にも引退犬を支える仕組みはありますが、家庭のボランティアや善意に支えられている部分も大きいと知りました。
私はアメリカで10年間暮らし、寄付や支援が特別なことではなく、暮らしの中にあるチャリティー文化を見てきました。
その経験も、いつかこの夢に生かしたいと思っています。
役に立つから、愛されるのではない。
ただそこにいるだけで、大切にされる。
そんな場所をつくりたいんです。
人も動物も、何かができるから価値があるわけではありません。
若いから、元気だから、価値があるわけでもない。
役目を終えたあとにも、その存在そのものが大切にされる社会であってほしい。
とはいえ、今は施設の場所も、お金の集め方も、運営の形も決まっていません。
何から始めればいいのか、調べ始めたばかりです。
けれど、言葉にしなければ、夢は始まらない。
だから、ここにも書いておこうと思います。
改めまして。
家族丸ごと開運ママの金田緑です。
夫と二人の娘、保護犬のクロエ、シニア保護猫の影丸が家族です。長女はドバイで暮らしています。
私は、少しスピリチュアルで、かなり現実的。
神社へ行っても、映えを気にする女です。
開運の話も、お金の話も、家族の話も、ときどき毒舌も書きます。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願いします。
今日もいい日だ〜🌈





海外の成功者が集まるミーティングに参加したことあるのですが、彼らが自慢してたのは「先月いくら稼いだ」ではなく「先月いくら寄付した」でした!びっくりしたのと恥ずかしさを感じたのを覚えてます😅
緑さん、おはようございます!
読み終えたあと、緑さんのお人柄がより伝わってきました☺️
書くことへの想いや、これからの夢まで知ることができて、最後まで夢中で読ませていただきました✨
ありがとうございます💓