「あなたは今、幸せですか?」
こう聞かれたら、私は「はい」と答えます。
家族に恵まれていること。
安心して暮らせる家があること。
今日もごはんがおいしいこと。
誰かと笑い合えること。
私の暮らしには、すでにたくさんの幸せがあります。
でも長い間、私の「はい、幸せです」のあとには、もう一つ言葉が続いていました。
「でも、……」
家庭には恵まれている。
でも、本当は私も外の世界で仕事をしてみたい。
家族は元気で、生活にも困っていない。
でも、本当は私自身も、何かに夢中になってみたい。
そんな思いがありました。
それでも私は、自分にこう言い聞かせていたのです。
「家庭には恵まれているんだから、これで満足しないとね」
一見すると、とても謙虚で、感謝にあふれた言葉です。
でも今ならわかります。
あの頃の私の「これで満足しないと」には、感謝だけではありませんでした。
「これで満足しなければ」と自分に言い聞かせていたのは、感謝の顔をした諦めだったのです。
「もっと望んだら、欲張りかな」
私は夫と出会って結婚し、アメリカで10年間暮らしました。
二人の娘にも恵まれ、子どもたちは元気に育ってくれました。
私は間違いなく、家庭に恵まれていました。
その一方で、外の世界で仕事をしている女性に、ずっと憧れがありました。
「憧れ」いえ、むしろ、コンプレックスがありました。
学生時代の就職活動で思うような仕事に就けなかった私は、いつの間にか、
「自分には仕事運がない」
と思うようになっていました。
家庭には恵まれている。
でも、仕事では何者にもなれていない。
バリバリ働いている女性を見るたびに、私にはそこだけが欠けているような気がしていました。
本当は、やってみたいことがある。
外の世界とつながりたい。
私にも何かできるのではないかと思っている。
それなのに、
「もう十分幸せなんだから」
と、自分の願いに蓋をしていたのです。
「もっと望んだら、欲張りなんじゃないか」
「今ある幸せに失礼なんじゃないか」
そんなふうに思っていたのだと思います。
感謝と、諦めは違う
日本には、「足るを知る」という美しい言葉があります。
今あるものに目を向けること。
すでにいただいている幸せに気づくこと。
それは、とても大切なことです。
でも、足るを知ることと、そこで自分の人生を止めることは違います。
家庭に恵まれているなら、仕事は諦める。
夫が頑張っているなら、自分の夢は小さくする。
子どもが元気なら、自分の寂しさは口にしない。
生活に困っていないなら、「もっと満たされたい」なんて思ってはいけない。
そんなルールは、いったい誰が決めたのでしょう。
幸せは、一人一個までではありません。
家庭が幸せなら、仕事も幸せでいい。
家族を大切にしながら、自分の時間も楽しんでいい。
誰かを愛しながら、自分の夢も諦めなくていい。
幸せには、決められた取り分なんてありません。
家庭、仕事、お金、健康、友人、自分の時間、そしてこれから叶えたい夢。
人生のどの方角にも、幸せを望んでいい。
私はそう思っています。
「幸せは、なるものではない」
実は私は2022年に、
「幸せはなるものではない!」
というタイトルのブログを書きました。
幸せは、目の前に出して、
「はい、これが幸せです」
と見せられるものではありません。
外から見れば、何不自由なく暮らしているように見える人でも、本人は幸せを感じていないかもしれない。
反対に、ものすごく特別な出来事がなくても、毎日の中に幸せを感じている人もいます。
結局、幸せはとても主観的なものです。
だからその記事で私は、
幸せは“なる”ものではなく、“感じる”もの。
と書きました。
そして、その記事が思いがけず反響をいただき、少しあとにもう一本、記事を書きました。
そのタイトルが、
「幸せは360度全方位制限なし!」
我ながら、勢いがあります(笑)。
でも今読み返しても、私はこの言葉がとても好きです。
当時はまだ、この言葉を今ほど深く、自分の人生で理解していなかったのかもしれません。
2022年の私が、今の私を見たら
2022年にこの二つの記事を書いた私が、今の私を見たら、どう思うでしょう。
アメブロだけでなく、Substackやnoteにも文章を書くようになりました。
人前で話す機会もいただくようになりました。
そして今は、子どもの頃からずっと心に残っていた犬たちへの思いを、Working Dog Linkという活動にしようと動き始めています。
まだ、始まったばかりです。
でも、以前の私なら、
「私なんかが」
「どうせ無理だから」
と胸の中へ戻していた思いを、今は少しずつ外へ出してみようと思えるようになりました。
「私には仕事運がない」と思っていた頃には、想像もしていなかったことです。
もしあのまま、
「家庭には恵まれているんだから、これで満足しよう」
と、自分の願いを引っ込めていたら、今の私はいなかったと思います。
もちろん、何もかもが思いどおりになったわけではありません。
迷ったこともあります。
遠回りしたこともあります。
途中でやめたことも、たくさんあります。
それでも、
家庭の幸せを大切にしながら、自分の人生にも幸せを望んでいい。
そう少しずつ、自分に許可を出してきました。
そして今思うのは、
自分が満たされることは、家族の幸せを減らすことではないということです。
むしろ、私が自分の人生を楽しむようになってから、家族のことを必要以上に心配したり、家族の人生まで背負おうとしたりすることが減っていきました。
幸せを遠慮していた頃よりも、
私が私の人生を生きている今のほうが、
家族との間にも、いい風が通っているように思います。
あなたの「でも、……」の続きには、何がありますか?
もう一度、最初の質問に戻ります。
「あなたは今、幸せですか?」
「はい、幸せです」
と答えられたなら、その幸せを思いきり感じてください。
今ある幸せに気づけることは、それだけでとても大切なことだと思います。
でも、そのあとに、
「でも、本当は……」
と続く言葉があるのなら、それもなかったことにしないでほしいのです。
家族は大切。
でも、私も何かを始めてみたい。
今の暮らしに感謝している。
でも、もっと自由にお金を使ってみたい。
子どもたちの人生を応援している。
でも、これからは私自身の夢も持ちたい。
それは、今ある幸せへの不満ではありません。
次の幸せに、心が動き始めているということかもしれません。
今ある幸せに感謝しながら、次の幸せを望んでいい。
誰かを大切にしながら、自分の人生も大切にしていい。
幸せは、一つだけ選ぶものではありません。
幸せは360度、全方位制限なし!
もしあなたの中にも、
「幸せです。でも、本当は……」
の続きがあるなら。
その言葉を、一度だけ自分に聞いてみてください。
あなたの人生には、まだ幸せを迎えに行っていない方角があるのかもしれません。
今日もいい日だ〜🌈


緑さん、
2022年に書いたタイトルを、今の緑さんがもう一度掲げ直しているのが、いいなあと。
「我ながら、勢いがあります(笑)」に、ふふっとなりました。
自分が満たされることは家族の幸せを減らすことではない、の一文に背中を押してもらった気がします。
金子さん、おはようございます。
”
幸せは360度全方位制限なし!
”
これいい言葉ですね。