もしかしたら、これを読んでくださっているあなたは、
「金田緑って、なんだか偉そうに暑苦しく語るおばさんだな」
と思っているかもしれません。
そりゃそうだわ。
だって、
「ママこそ、スピリチュアルであれ」とか、
「女の浪費は正義です」とか、
「ママに壮大すぎる夢は似合わない?」とか。
結構、熱く語ってますものね(笑)。
「こんなに暑苦しいママが家にいるって、金田家のご家族は大丈夫なのだろうか」
そんな心配の声さえ聞こえてきそうです。
でもですね。
ご安心ください。
家では、そんなに立派なことは一切言っておりません(笑)。
私は家の中では、かなり適当です。
めんどくさがり屋だし、料理は嫌い。
口も悪い。
テレビを見ていれば平気で毒舌を吐くし、嫌なことは「嫌だ」と言う。
昔の言葉でいうなら、
オバタリアン。
そう。
私は今、立派なオバタリアンなのです(笑)。
「オバタリアン」という言葉が大流行したのは、1989年頃。
平成元年です。
当時は、図々しくて、遠慮がなくて、ちょっと厚かましい中年女性を表すような言葉として使われていました。
あの頃の私は、たぶん思っていたはずです。
「絶対、あんなおばさんにはなりたくない」
それから30数年。
なりました(笑)。
しかも、かなりいい感じに仕上がっています。
でも最近、思うんです。
オバタリアンって、そんなに悪いものじゃないんじゃない?
少なくとも我が家では、私が「ちゃんとしたママ」でいないことが、案外、家族の平和に役立っている気がします。
面倒くさいママには、余計なことを言わない
これはあくまで私の推測なのですが(笑)。
我が家の家族は、私の扱いにかなり慣れています。
私が面倒くさがり屋なのも、嫌なことを頼まれたら文句を言うのも知っている。
そして、余計なことを言えば、さらに余計なことが返ってくることもよく知っている。
だからなのか、
みんな、私にあまり余計なことを言いません。
たぶん、
「また面倒くさいことになるから、やめとこう」
くらいに思われているのでしょう。
これが、なかなか快適です(笑)。
家族の中で自分を、
「ちゃんとしたお母さん」
「何でも受け止めてくれる妻」
「家族のためなら何でもやってくれる人」
にしてしまうと、周りもだんだん、その設定で接するようになります。
「きっと聞いてくれる」
「頼めばやってくれる」
そう思われるのも、当然といえば当然です。
でも私はどうやら、
「下手なことを言うと面倒くさい人」
になってしまった。
すると不思議なことに、自由が増えました。
何でも引き受けなくていいし、
「それ私が?」
「めんどくさ〜い」
と言っても、家族は、
「はいはい」
で済ませてくれる。
このくらいの距離が、私にはちょうどいいのです。
ママが完璧じゃないと、家族もラクになる
テレビを見ながら私が毒舌を吐いても、
「また出たー」
で終わります。
私が「ばーか!」と言っても、家族にはなぜか、
「バーガー🍔」
にしか聞こえないらしい。
もう誰も怒りません。
笑っています。
考えてみれば、これって結構、大事なことかもしれません。
家族の言葉を、全部真正面から受け止めなくてもいい。
私も、家族の言うことを全部まともに受け取らなくていい。
「はいはい、また言ってる」
「また始まった」
「バーガー🍔」
それくらいで流せることがある。
もちろん、本当に大事なことまで笑って流せばいいという話ではありません。
でも、家族だからこそ、何もかもを深刻に受け取らなくていいこともある。
「まあ、いっか」で流せるくらいが、ちょうどいい。
ママは家族の前で、賢くなくていい
外では、みんなそれなりに頑張っています。
仕事をして、人に気を遣って、空気を読んで。
失礼がないように、迷惑をかけないように、ちゃんとした大人として振る舞っている。
だったら家くらい、
少しくらいバカになってもいいんじゃないでしょうか。
特に、いつも家族のことを考えているママは。
先回りして気を配って、みんながうまくいくように調整しているうちに、
気づけば、家の中でも一番の「しっかり者」になってしまう。
でも、ママがずっとしっかりしている家って、もしかしたら家族もちょっと緊張するのかもしれないよ。
たまにはママがくだらないことを言って、家族に笑われて、本人も一緒になって笑っている。
「あ、お母さんだって適当なんだ」
「失敗しても別にいいんだ」
そんな空気がある家のほうが、私は好きです。
「ちゃんとしたママ」をやめたら、家族が笑うようになった
昔の私は、今よりずっと「ちゃんとしたママ」だったと思います。
子どものことも、家のことも、夫のことも、
ちゃんとしなくちゃと思っていた。
「私がやらなくちゃ」
という気持ちも、今よりずっと強かった気がします。
でも今は、
料理は嫌いと言うし、面倒なことは面倒と言う。
言いたいことも、結構言う。
そして家族から笑われています。
考えてみれば、これって悪くない。
家族の中で「尊敬されるお母さん」になるより、
「しょうがないなあ、うちのママは」
と思われているくらいが、私にはちょうどいいの。
だって。
なんだかんだ言ってもさ。
みんな、ママのこと好きでしょ?(笑)
だったら、いいじゃない。
完璧じゃなくても、ちょっと面倒くさくても。
たまにはバカでも。
ちゃんとできない日があっても、家族みんなで笑えているなら、それで十分。
ママが家族の機嫌を全部取らなくてもいいし、家族を完璧にまとめなくてもいい。
むしろ、ママ自身が機嫌よく、適当に笑っているほうが、家の空気は明るくなることもある。
外ではちょっと暑苦しく語って、
家では「バーガー🍔」と笑われている。
私は、それくらいがちょうどいい。
ほら。
やっぱり家族の運はママからなんだよ!
……と、最後はやっぱりこれで締めてみるわ(笑)。
今日もいい日だ〜🌈


オバタリアン・・・懐かしいっす(笑)
最近は自虐で自分の事をBBAという人が多いですね。
体感3割くらいは、見た目も若くきれいな方が多いですね。